バンドのこと、メンバーのこと

一つのことが済まないと、次のことが出来ない性質なもので、ここに書かせていただきますね。


バンドのこと、メンバーのこと。長文になります。



magictaxiの活動停止は、10/19のライブ当日に、急遽決めたことなんですが、いろんな方々から「えらい急やな」「何があったの?」等々の言葉をいただきました。


「まだまだライブ見たかったのに」「これからやと思ってたのに、残念」と言って下さった方々もいて、とてもありがたく、感謝しています。本当にありがとうございます。


僕はバンドをやりたかった。バンドを成功させたかった。一緒にやってくれたメンバーに、見たことのないような景色を見させたかった。一緒に見たかった。


でも、それは叶いませんでした。それは、僕自身の力不足に他なりません。



メンバーには感謝しています。


テナーサックスのSino-chanこと篠崎雅史。


僕は、彼のオリジナル曲を演奏する、彼のリーダーバンド「El sino」のファンでした。ジャズ、ロック、その他の音楽性を絶妙に融合したハイクオリティなサウンド。それを裏打ちする音楽的知識とテクニック。


彼と一緒に音楽を作ることが出来たら、きっとスリリングで面白い、新しいかたちのポップスを作れるんじゃないか、と思っていました。

そしてそれは、ある程度まで、magictaxiで具現化出来てきていたんではないかと思っています。


いろいろなタイミングが重なって、バンドは活動停止になりましたが、まだまだ彼とは一緒に出来ることがあるんじゃないかな、と思っています。


もともと、JAZZ畑のミュージシャンなので、現在も京都を中心にセッション等々、忙しく活動中です。「篠崎雅史」の名前を見かけたら、ぜひそのプレイに耳を傾けていただきたいと思います。


「篠崎雅史の黒いサックス的思考」

http://blog.m.livedoor.jp/elsino/


ベースのYusuke☆こと山本祐介。


彼は前身バンド、ワールプールのスリーピースバンド時代の4年間、ともに活動したメンバーであり、magictaxiで再び一緒に活動することになりました。


このバンドを始めた当初はまだ東京に住んでいて、1年程前から関西に戻ってきていたんですが、彼には東京の水が合っているようで、近々再び東京に移住することになったようです。


彼はもともと、アメリカンハードロックをこよなく愛する男です。

神戸を拠点に活動するパワーポップバンド、「SUNBEAMS」での活動も続いているようですし、これからまだまだ色んなところで、彼のベースプレイやコーラスワークを目にすることが出来るんではないでしょうか。今後にますます期待です。


「ROCKな日々」

http://yaplog.jp/yplaysbass4you/



最後に、ドラムスの南千恵。


「magictaxiをやめても、宮田は南さんとはまた一緒にバンドやるんやろ?」という質問を、結構いろんな方からいただきました。


ワールプールを始めてからの通算12年間、他のメンバーが入れ替わっても、ずっと一緒にバンドをやっていたので、これからもきっとそうだろう、というのが皆さんのイメージだったのかもしれません。


残念ながら、その予定はありません。


やはり特別な思いがあります。長くなります。すみません。



1999年の春、神戸・三宮の「アートハウス」でのライブの対バンで、僕は彼女と出会いました。


その時、僕はサポートベーシストに手伝ってもらっての、弾き語りでの出演。

彼女は、「ELEVENTY」というスリーピースのロックバンドでドラムを叩いていました。


男性2人がフロントマンで女性がドラマー、というスタイルが、当時としてはとても珍しく、かっこよく思えました。


そして何よりも、そのバンドの豪快なグルーヴ感を作り出すドラムプレイが、その時強く印象に残りました。聞いててはじめのうち、女性とは気付かなかったくらい、当時は音もデカかったし。


僕は当時、弾き語りをやっていたものの、バンドをやりたくて仕方なくて、自分のライブ中MCで「僕と一緒にバンドやってくれる人募集します」という話をしました。

まさか「やります」っていう人がそこにいるとは思いもせず。


ライブ終了後、「ELEVENTY」のベーシストさんに「ライブ、かっこよかったです」と話しかけに行くと「俺ら今日でバンド解散やねん。そうそう、うちのドラムが君と一緒にバンドやりたいって言ってるでー」とのこと。


こんなこともあるんやー、と思いました。


彼女とはその場で軽く挨拶をして、後日、一緒にスタジオに入ることに。


なぜか、僕の高校時代からのバンド仲間だったドラマー「ガリバー柳」こと柳良一(現在はジャズ、フュージョン系のセッションドラマーとして活躍中)もその時一緒にスタジオに入って、いろいろ彼女にアドバイスをしていたことを覚えています。



そして、バンドを始めました。メンバーは、南、僕、僕の知人のキーボーディスト、シゲ山本(現在はコンポーザー、セッションキーボーディストとして活躍中)と、その友人ベーシスト神前信秀、という編成。


バンド名は、彼女の発案で「WHIRLPOOL(ワールプール)」と決まりました。


そこから10年半、2009年12月まで、ワールプールとしての活動は続きました。



メンバーは、何度か入れ替わりました。


一番少なかった時は、最初のCD「WHIRLPOOL」を作った時。

メンバーは一人ずつバンドを離れていっていたので、脱退した元メンバーにサポートをお願いするかたちで、バンドとしてのメンバーは南と僕の二人だけでした。


残ったのは二人でも、絶対、いい作品を作ってやる、と思っていました。


CD発売のための自主レーベルの名前を「DRUM SONG」としたのは、僕が、ピチカートファイヴの楽曲「FLOWER DRUM SONG」の言葉の響きが好きで、引用させていただいたということもありますが、何よりも「ドラマーとヴォーカリストの二人しかおらんけど、ここから始めていくんや」という意思表明でもありました。


そして、このCDを作ったことがきっかけで、バンドは転がり始めました。今ある多くの皆さんとの貴重な繋がりも、それ以降に多く生まれたものと思います。


思えば、誰からも相手にされていない時でも、いつでも、彼女は僕の作る曲をほめてくれました。「宮田さんの曲は最高や。ワールプールは最高や」


ワールプールが活動休止した時も「私は絶対やめない。宮田さんの曲のドラムを叩きたい」と、言い続けてくれていました。



僕の中では、ワールプールからmagictaxiへの12年間は、地続きのイメージでした。


でも、南をはじめ、僕以外の人達にとっては、必ずしもそうではなかったようです。


magictaxiはコンセプトありき、ではじめたバンドでした。

僕は、今までずっと自分がやってきたようなことをなぞるのではなく、もっと別の世界へ行きたい、という気持ちを、意識的にも、無意識的にも強く持っていたと思います。


でも結局、僕はこのバンドで、メンバーや、ワールプールを応援してくれていた人達を納得させられるような楽曲を、量・質双方において作ることが出来なかった。


「こいつについていけば、何か面白いことがあるかも」と思って集まってくれた人達の期待に、応えることが出来なかった。


そして、リーダーとして、バンドをまとめて引っ張っていくことが出来なかった。


いつしか、誰しもの気持ちが、バンドから離れていっていたように思います。


全て、僕の力の無さです。



南のドラムプレイは、どんな曲でも、いろんなアイディアを詰め込んで、とても繊細に、細部まで練り上げられていたと思います。

magictaxi唯一の音源となった「Dance with T.rex EP」のレコーディングも、本人が「人生ベスト出た」というくらいバッチリ決めてくれました。

曲や歌を、とても生かしてくれるドラムでした。


近年は、エレクトロニカ系の音楽に興味が向いていたようです。人力でドラムンベースブレイクビーツを叩き出す超絶ドラマー「Jojo Mayer」のドラムプレイを目標にする、とも言っていました。


僕は、ずっと彼女にドラムを続けていてほしいと願っています。いつか、どこかのステージで、彼女のドラムプレイを見ることが出来たら。


「日々のよしなしごと」

http://ameblo.jp/chie-ds/



僕は、また12年前のように、一人での活動になります。心に空いた大きな穴が埋まるのが、いつになるのか、まだ全然わかりません。


思えば、バンドにずいぶん依存していたものだと思います。心の最後の砦を失ってしまったようで、長いこと立ち上がることが出来ませんでした。


そして、こうやって書いておかないと、次に進めそうにありませんでした。



これからは、一人での活動を腰を据えてやっていきます。


自分自身が支えになるように。


自分一人でも、一人前のミュージシャンとして胸を張れるように。


そして、その時にまた再会出来たらいいなと思います。メンバーにも、皆さんにも。



「宮田ロウ」のライブ、12月9日(金)谷町9丁目Live bar OneDrop、12月29日(木)心斎橋club☆jungleでやらせていただきます。

ループマシンを新しい相棒に。

ご都合よろしければ、皆さんぜひお越しください。